第1回 「立証責任」から考える建築訴訟の仕組み
効果的な主張とは
相談者から、交渉や訴訟の場で「業者の嘘を暴きたい、不誠実さを示したい、対応の悪さを明らかにしたい」と相談されることがあります。このような主張は果たして効果的でしょうか。
効果的な主張が何かを考える場合、まずは「立証責任」という裁判上のルールを理解することが重要です。
民事裁判では、必ずしも真実が明らかになるわけではありません。裁判所は、当事者間に争いのある事実を「証拠」によって判断しますが、証拠がない場合には判断に困ります。しかし、「証拠がないのでどちらとも判断できません」と言ってしまうと、当事者間の争いは永久に解決できなくなってしまいます。
そこで、裁判所の判断基準として、「立証責任」というルールが設けられました。これは、権利を主張する者が、その権利を裏付ける事実を証拠によって証明しなければならないという責任で、この証明に失敗すると、裁判所は権利を主張する者の請求を排斥できるのです。
したがって、民事裁判では、権利を主張する者が証拠の山を積み上げて立証活動を行い、この山が一定のラインを超えれば、立証責任を果たしたものとして、裁判所に請求が認められることになります。
これに対して、相手方は、「この証拠は信用できない」などと主張して、請求者が築き上げた証拠の山を崩す防御活動を行います。これを反証と言います。
このように、裁判所は、「当事者のどちらの主張が正しいか、正しい方を勝たせよう」と考えているのではなく、「請求者は立証責任を果たしているか、果たしていれば勝たせよう」と考えているのです。
さて、最初の問いに戻りましょう。「業者の嘘を暴く、不誠実さを示す、対応の悪さを明らかにする」という主張は効果的でしょうか。もうお分かりですね。
欠陥住宅裁判で業者の瑕疵担保責任・契約不適合責任を追及する場合、立証責任を負っているのは被害者です。被害者が立証しなければならないのは「欠陥(瑕疵・契約不適合)」です。「嘘つき、不誠実、対応が悪い」という業者の悪性格的な立証は、「欠陥(瑕疵・契約不適合)」の立証には直接役に立ちません。立証の山を崩すという業者の反証を弱める程度です。いくら悪性格立証に成功したところで、「欠陥(瑕疵・契約不適合)」の立証に失敗すれば負けてしまうのです。
冷静に考えれば当たり前のことかもしれませんが、感情的な対立の激しい欠陥住宅裁判では、実際に被害を被った側はどうしても業者の悪性格立証に注力しがちで、その結果、「欠陥(瑕疵・契約不適合)」の主張立証が十分に裁判所に伝わらずに負けてしまうことが少なくありません。
「立証責任」は裁判上のルールですが、効果的な主張を考えた場合、交渉でも同じことが言えます。被害者の「欠陥(瑕疵・契約不適合)」の主張立証がしっかりしていれば、交渉の場でも業者にとっては脅威です。これに対して、「嘘つき、不誠実、対応が悪い」と声高に主張したところで、業者にはほとんど効果がありません。むしろクレーマー扱いされるおそれがある分だけ逆効果と言えます。
被害者側が負けないためには、主張する中身を冷静に吟味する必要があるのです。
なぜ欠陥住宅裁判で被害者側が勝つのが難しいのか
「立証責任」のルールによれば、権利を主張する者が、その権利を裏付ける事実を証拠によって証明できれば勝ちます。そして、欠陥住宅裁判で被害者が立証しなければならないのは「欠陥(瑕疵・契約不適合)」であることはすでに学びました。では「証拠」は何でしょうか。
欠陥住宅の被害者にとって最大の証拠は、まさに「欠陥住宅そのもの」です。
しかし、他方で、欠陥住宅裁判では被害者側が勝つのが難しいという話を耳にします。なぜ最大の証拠を握っているはずの被害者側が勝てないのでしょうか。
その1つの答えを「立証責任」から考えてみましょう。立証とは、証拠によってある事実を証明することです。証明したと言えるには、当然のことながら、裁判所に理解してもらう必要があります。「よく分からない」と思われてしまうと「立証責任」を果たしていなものとして負けてしまいます。
この「立証責任」のルールは、離婚事件や契約トラブルなどの一般の民事事件では上手く機能しています。
ところが、医療過誤や建築紛争などの専門性の高い事件では、その事件を理解すること自体が難しいので、その分「立証責任」を果たす難度が高くなり、被害者側が勝つのが難しくなってしまうのです。ここに当事者間の不均衡が生じます。
この点、医療過誤事件では、「立証責任」を病院側に事実上転換することが裁判で認められており、当事者間の不均衡がある程度是正されています。
ところが、建築紛争の裁判では、何故か「立証責任」の事実上の転換という概念が認められておらず、当事者間の不均衡が残ったままです(裁判官が執筆した論考などでは、特定の欠陥現象があれば概括的な施工不良の事実が推認される旨の記述はありますが、実際の裁判で「立証責任」の事実上の転換が認められた例は寡聞にして知りません。)。
また、住宅の「欠陥(瑕疵・契約不適合)」は、建物の内部や地盤の中など、直接目に見えない箇所にあることが多く、さらには建築士や地盤品質判定士等の専門家の協力も必要となるなど、立証すること自体の苦労もあります。このような仕組みのため、欠陥住宅裁判で被害者側が立証責任を果たすのは容易ではなく、勝つことが難しいのです。
以上の説明は、欠陥住宅の被害者にとっては非常に辛い話だと思います。
しかし、それでも被害者側が裁判で負けないためのノウハウというのはあります。次回からもう少し具体的にお話ししていきたいと思います。